Skip to content
司马顿的博客
司马顿的博客

司马顿的博客

紫苏的香味,飘满我的童年

Posted on 2020年7月7日 By 司马顿

在我老家,有一种野菜,叫做紫苏。

之所以叫野菜,是因为它不是正儿八经种出来的,而是生长在田间或者菜地边上。

然而,家乡人民的餐桌上,任何一种菜,都离不开紫苏的伴随。

首先,紫苏可以去腥。做鱼的时候,必然加上它,它可以使鱼肉鲜而不腥。

我们那里的人都不吃腥,鱼其实不受欢迎。要是没加紫苏的鱼,那就更没人吃了。

可惜我老婆不知道这点,她做鱼就会白蒸,什么佐料都不加,我是从来不吃的。

其次,紫苏独特的味道,是良好的辅材食料。

它有一股淡淡的香味,这股香味可以使人食欲大振。

我们小时候因为穷,肉很少吃,那就用紫苏来煎蛋。

家乡的土鸡蛋,金黄金黄的。配上紫苏的紫色点缀,既好看又好吃,香喷喷的。这是我童年的美味之一,至今仍怀念。

就算没有鸡蛋,那么用紫苏炒青菜,也是美味的。

我妈就常做紫苏炒南瓜,紫苏炒豆角,出来的菜照样香气四溢。

紫苏并不能拿来直接吃,它的青叶子不是直接做菜的。

必须在大太阳下晒得半干,去掉那股涩味,然后才可以入菜。

老家会做干豆角、干辣椒,放在坛子里的那种,叫做坛子菜。

坛子菜里,也必须加上紫苏,这样菜的保鲜期就更久,味道也更香。

而带有紫苏味的干辣椒,伴随我童年一起长大。多少次带饭去学校,就是几勺紫苏坛子菜。

如今人老了,地方也换了,时节也不同。再也吃不回童年的味道,哪怕小时候再普通的食物,在这异乡都是奢求。想起来真深以为憾。

Print this entry

博客 情感

文章导航

Previous post
Next post

Archives

  • 2022 年 9 月 (2)
  • 2022 年 8 月 (2)
  • 2022 年 7 月 (2)
  • 2022 年 6 月 (1)
  • 2022 年 5 月 (4)
  • 2022 年 4 月 (18)
  • 2022 年 3 月 (13)
  • 2022 年 2 月 (6)
  • 2022 年 1 月 (8)
  • 2021 年 12 月 (14)
  • 2021 年 11 月 (7)
  • 2021 年 10 月 (19)
  • 2021 年 9 月 (25)
  • 2021 年 8 月 (45)
  • 2021 年 7 月 (33)
  • 2021 年 6 月 (10)
  • 2021 年 3 月 (2)
  • 2021 年 2 月 (8)
  • 2021 年 1 月 (8)
  • 2020 年 12 月 (20)
  • 2020 年 11 月 (11)
  • 2020 年 10 月 (14)
  • 2020 年 9 月 (33)
  • 2020 年 8 月 (17)
  • 2020 年 7 月 (21)
  • 2020 年 6 月 (20)
  • 2020 年 5 月 (10)
  • 2020 年 4 月 (17)
  • 2020 年 3 月 (18)
  • 2020 年 2 月 (11)
  • 2020 年 1 月 (7)
  • 2019 年 12 月 (13)
  • 2019 年 11 月 (14)
  • 2019 年 10 月 (8)
  • 2019 年 9 月 (9)
  • 2019 年 8 月 (13)
  • 2019 年 7 月 (12)
  • 2019 年 6 月 (20)
  • 2019 年 5 月 (18)
  • 2019 年 4 月 (18)
  • 2019 年 3 月 (11)
  • 2019 年 2 月 (12)
  • 2019 年 1 月 (15)
  • 2018 年 12 月 (15)
  • 2018 年 11 月 (13)
  • 2018 年 10 月 (13)
  • 2018 年 9 月 (21)
  • 2018 年 8 月 (29)
  • 2018 年 7 月 (23)
  • 2018 年 6 月 (21)
  • 2018 年 5 月 (5)

标签

AI (24) Apache Drill (11) 加拿大 (21) 宇宙与人生 (19) 情感 (281) 技术 (75) 抑郁症 (68) 新冠病毒 (13) 汽车 (30) 生活 (333) 职场 (25) 行业观点 (60) 读书文艺 (48)
©2025 司马顿的博客 | WordPress Theme by SuperbThemes